崎賢治、村博光
、吉見龍一郎、橋晴雄
はじめに
現在私達が原稿をかいている時期はスギ花粉が飛散中である。今年は昨年のスギ花粉、ヒノキ花粉の飛散が非常に少なかった事、また夏が猛暑であった事より、スギ花粉、ヒノキ花粉が大飛散すると予測されていた。しかしながら今年は1月下旬から、2月上旬にかけての天候が悪かったため、予想日より遅くスギ花粉が飛散し始めた。
長崎県下におけるスギ花粉、ヒノキ花粉飛散計測の現状
長崎県では平成2年(1990年)に長崎県医師会が長崎県臨床検査技師会の協力のもと花粉観測のシステムを立ち上げ観測を開始した。平成2年からは長崎大学医学部附属病院(長崎地区)、佐世保共済病院(佐世保地区)、健康保険諫早病院(諫早地区)、対馬いづはら病院(壱岐対馬地区)の4地点で観測が始まり、平成3年からは県立島原温泉病院(島原地区)、北松中央病院(県北地区)、平成9年からは五島中央病院(五島地区)、平成10年からは大村市立病院(大村地区)が加わり、現在、県下8つの医療施設に協力して頂き観測を行っている。毎年1月初旬に打ち合わせ会を行い、原則的には2月1日から測定を開始している。毎朝各観測地点より、前日から24時間分の花粉数を長崎県医師会に報告し、県医師会で集計した後に、各医療機関ほかマスコミなどに情報提供を行っている。
花粉採集器は、1)重力採集器(ダーラム式)、2)風受け型採集器、3)風受け型吸引採集器などがあるが、長崎県下の花粉観測施設は8ヶ所ともダーラム式採集器を使用している。花粉採集場所は地上よりの高さ70cm以上で、建造物より6m以上離れているか、建造物の最高点との角度が20℃以下と定められているが、実際は建物の屋上に設置されている事が多い。花粉飛散開始日とはダーラム型花粉採集器のカバーグラス(3.24cm2:1.8
cm×1.8 cm)にて1cm2あたり1個以上の花粉が2日以上連続して観測された最初の日のことである。今年(平成17年)は2月16日がスギ花粉の飛散開始日であった。
現在までのスギ花粉、ヒノキ花粉のデータは長崎県医師会に蓄積されている。例年長崎県下では、スギ花粉は2月上旬に飛散が開始し、3月下旬には飛散が終了する(図1A)。
しかしスギ花粉患者の約73%がヒノキ花粉に対して重複抗原を持っていることが知られている(1)。ヒノキ花粉は3月中旬より飛散しはじめ4月中旬まで飛散し続けるので(図1B)、一般的にいわれている"花粉症"の患者さんに対しては、約2ヶ月強の経過観察が必要である。
平成16年までの過去15年間のデータを観察すると、長崎県下においては各観測地点で1シーズン当たりのスギ花粉飛散個数は1cm2あたり約1170個で、ヒノキ花粉の飛散個数は1cm2あたり約507個である。スギ花粉、ヒノキ花粉とも北松江迎地区に多く、五島地区には少ない事がわかる(図2A、B)。
これらの結果は、各観測地点とスギ林、ヒノキ林との距離や、観測地点が都市であるか、郊外であるかなどの地理的条件、またその年の気象条件も関係するので一概にはいえないが、参考資料にはなる。また過去の飛散観測数を振り返ると全国的に大飛散であった平成3年と平成7年は長崎県下においてもスギ花粉、ヒノキ花粉とも飛散が多かった事がわかる(図3A、B)。
また平成7年にはスギ花粉よりヒノキ花粉の方が多く観測された事も特徴的である。これは長崎県ではスギの樹林地面積(31123ヘクタール)よりヒノキの樹林地面積(69919ヘクタール)が広い事も関係している(2000年林業センサス)。前述したが、このように長崎県下ではヒノキ花粉の飛散にも充分な注意が必要である。
スギ花粉、ヒノキ花粉の飛散数は前年度の夏の気温に影響される事が知られている(2)。スギは7月から8月の上旬にかけて雄花や雌花などの生殖細胞を分化、成長させるために、この次期の気象条件が花粉を放出する雄花の量に大きな影響を与える。気象条件については、7月上旬から8月中旬における全天日射量、降水量、最高気温、平均気温、日照時間との相関が高い。長崎市において、平成2年から16年までのスギ花粉飛散数と前年7月の気温条件とを単純に比較すると、日照時間(相関計数(R)=0.894、図4)、平均気温(R=0.775)、全天日射量(R=0.763)、降水量(R=0.651)、最高気温(R=0.647)と相関が高く(いずれも未発表データ)、長崎市でも夏の気象条件により翌年のスギ花粉の飛散状況を推測する事ができる。ただし、今年のように1月、2月の気象条件が悪くスギ花粉の飛散開始日がおくれる事もあるので注意が必要である。
今後の課題
昭和61年から平成8年の花粉の観測記録において長崎市では、スギ花粉は春のみでなく、秋にも観測されている(3)。事実、昨年の12月には長崎市においてもスギ花粉を観測している(未発表データ)。また関東地方では、花粉自動観測器による花粉情報提供やインターネットを利用した花粉情報提供なども報告されている。さらに花粉症はスギ花粉、ヒノキ花粉のみでなく、多種の花粉が飛散し、それが原因となり発症する事が知られている。このようにスギ花粉、ヒノキ花粉を含めて、花粉症情報に関してはまだまだ改善しなければいけない部分もあるが、現在までの情報の蓄積が、各医療従事者の日常臨床、ひいては花粉症に悩む患者さんたちの一助になれば幸いである。
参考文献
- 永倉仁史、小野幹夫、若盛和雄、他:アレルギーの臨床に寄せる ヒノキ花粉症に対するヒノキ特異的IgE抗体測定法AlaSTATの検討
スギ花粉症との共通性について アレルギーの臨床 14巻 138-142 1994
- 村山貢司:空中スギ花粉数の年次変動と花粉情報 医学のあゆみ 200 417-421 2002
- 厚生省花粉症研究班日本列島空中花粉調査データ集 監修:西間三馨、奥田稔、信太隆夫、岸川禮子 作成:(前)厚生省花粉研究班 製作:協和企画 2000
図の説明
図1:長崎県下各観測地点の日別花粉平均飛散数。A:スギ花粉。B:ヒノキ花粉。花粉観測を開始した平成2年、大飛散の年であった平成3年と7年、及び昨年のデータを示している。
図2:長崎県下各観測地点による花粉平均飛散数。A:スギ花粉。B:ヒノキ花粉。長崎、佐世保、諫早、壱岐対馬の4地区は過去15年、島原、北松江迎の2地区は過去14年、五島地区は過去8年、大村地区は過去7年の平均値を示している。
図3:長崎県下の年別花粉平均飛散数。A:スギ花粉。B:ヒノキ花粉。平成2年は4地区、平成3−8年は6地区、平成9年は7地区、平成10年以降は8地区の平均値を示している。
図4:長崎市のスギ花粉飛散数と前年7月の日照時間の関係。棒グラフはスギ花粉数を、折れ線グラフは前年7月の日照時間を表している。
図5:昭和61年から平成8年までに長崎市で観測された花粉状況。黒塗りは毎年比較的多く飛散している時期、灰色は少数飛散している時期、薄灰色は年によっては飛散したり、しなかったりする時期がある事を示している。
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